じいちゃん

この文章は2019年に中村慎太郎がはじめてFC今治を訪れたときのものだぞ

オレット

FC今治ってどんなチームなの?

じいちゃん

2014年11月に元日本代表監督の岡田武史さんが代表になって以来、本格的にJリーグ入りを目指したクラブじゃよ。今はJ3で戦っておるが、この時は4部相当のJFLを戦っていた。

オレット

そういうのはいいから、おいしいものが出てくるかだけ教えて!!

じいちゃん

かsjどふぁじょけjt;ぁkじぇl;ktrじゃ;ぇjた


夢。
美しい言葉。


保育園でも、小学校でも、あるいは中学校でも、「あなたの夢はなんですか?」という質問が気軽になされる。だから子供たちは、「返答用の夢」を常にこしらえておく必要がある。

プロスポーツ選手、アイドル、Youtuber、研究者、社長、お花屋さんなどなど。「お花屋さん」と言うのは愛する我が息子なのだが、彼はお花のことにはあまり関心がない。大好きなおばあちゃんが植物を育てているので、おばあちゃんに綺麗なお花をプレゼントしたいのだそうだ。可愛い理由だが、2年近くぶれることなく言い通している。

ぼくの場合、幼稚園の時は「研究者」あるいは「工事のおじさん」さらには「宇宙刑事シャイダー」と答えていたらしい。小学校を卒業するときには「小説家」と答えるようになっていた。そして中学校を卒業する時には夢のことなんか考えなくなった。

「ノストラダムスの大予言」によって18歳の時には世界が滅ぶと思っていたから、その先のことを考える必要がなくなったのだ。

それはとってもよくある話。

夢には2つの意味がある。

1つは子供が見る夢。未来の理想的な輝かしい姿を描き、実現することを託したもの。

もう1つは寝ているときに見る夢。夢物語、絵空事。誰も実現できるとは思っていない。

子供の時に語っていた「夢」はいつしか寝ているときに見る「夢」へと変わっていく。

さて、ぼくが訪れたのは愛媛県今治市にある「ありがとうサービス.夢スタジアム」、通称夢スタ。新進気鋭のクラブ、FC今治の本拠地である。

FC今治が見ているのはどんな夢だろうか。

岡田武史さんが代表に就任した2014年ころは、新興の地域リーグがJリーグ入りを目指すというのは絵空事にも思えた。今でこそ、雨後の竹の子のようにJリーグを入りを目指している地方クラブが現れているし、それを実現するケースも出てきた。

しかし、この時点では、今治という小さな街がJリーグ入りの夢を抱くのは、少し大きすぎる目標なのではないかと感じた。そう感じたのはぼくだけではないだろう。

そんなことを考えながら旅をしてきた。

そして帰ってきてから、小さな疑問が頭に残った。

FC今治という夢を見ているのは誰なのだろうか?


FC今治とは誰の夢なのだろうか?

「FC今治には興味がないよ。」

このクラブが話題になる度に、そっけなく答えていた。

日本代表の監督を務めた岡田武史氏の肝いりの元、東京の大きな資本が関わっているという話は知っていた。

そのため、地域リーグのクラブとしては異例なほどの資金がつぎ込まれ、Jリーグ入りは「夢物語」ではなく「理想的な未来」ですらもない。「現実的な目標」となっていた。

小学校1年生は、5年後には中学1年生になる。
それと同じだ。
エスカレーターの行き着く先がJ2なのかJ1なのかはわからないが、岡田武史氏がいて、大きな資金の流れもあるならば、上に行くのは当然のことだ。外からはそのように見える。

FC今治は、日本サッカー史上屈指の有名人が主催し、外からの資金の流れを持っている。それは悪いことではないし、むしろ良いことだと思う。

優秀な誰かが稼いで来たビッグマネーをサッカーへと投入してもらう。日本におけるサッカーという競技が、世界的な競争力を持つためには、それ以外に方法はないのだ。理屈はわかるが、個人的にはあまり興味がない。どうやら貧乏ライターの脳みそはついていかないらしい。

というわけでFC今治というクラブに特別な興味を持たずに来ていたのだが、中島啓太さんというFC今治のスタッフとして務めている方を知り、縁があって一晩飲み明かした。(twitter

彼の口から出る言葉が、マクロ経済的な、あるいは世界戦略的な、要するにお金の流れが大きすぎて理解できないような話であったら、その場は興味深く聞くものの、翌日には忘れてしまったかもしれない。何せ渋谷の鳥貴族で朝まで飲んでいたのだ(P.S. えとみほさん、たっけさん、中島さんなど皆様、あの会合またやりましょう)。

中島啓太さんの口から飛び出すのは、ぼくにはわからない誰かの大きな野望の話ではなく、今治の街の魅力や、地域リーグのクラブスタッフの苦労など、ぼくでもよくわかる話ばかりだった。

大きな資本が絡んでいるから駄目だというのは、明らかにこちらのコンプレックス。持たざる者のひがみだ。今治の街とはどんなものなのだろうか。FC今治のスタッフ、選手、サポーターは、どういう風景を見て戦っているのだろうか。あるいは楽しんでいるのだろうか。どんな人生を送っているのだろうか。

サッカーに関わるということは、人生の何分の1かをサッカーと共に生きるということだ。「サッカーは人生と同じだ」とイビチャオシムが言ったのは一種の比喩表現だが、スタッフやサポーターにとっては、比喩でも何でもなく文字通り、「サッカー=人生」なのである。

というわけで、今治の皆様がどのような人生を送っているのか、自分の目で見たくなった。それが今治に赴いた唯一最大の動機であった。

そして、2019年のホーム開幕戦に参戦することをぼんやりと呟いたところ、宇都宮徹壱さんにお声がけ頂き、試合の前日に今治サポーターを招いてイベントをすることになった。

この話が決まったときは実はとても体調が悪かったのだが、イベントに登壇することになった以上、逃げることは出来ない。

よし、今治に行こう。

今治に行こう!!

旅だ!!

久々に旅が戻ってきた!!

ここのところ、育児やら金欠やらでしばらく国内の旅にも出れていなかったのだ。正確に言うと育児による金欠である、保育園代が2人で16万円、この世の地獄であった。

※この時点では一人が小学校に入ったので楽になり、翌年から保育園が無料化したのでゼロになった。国の支援は、いつもロスジェネ世代から少し遅れてやってくる。

そして、僕は旅に出る。

住み慣れた家を離れて。

マイホームがあること以上の幸福はないが、家を離れることもまた幸福である。不思議なものだ。

旅の準備をするのは億劫なのだが、旅が目前に迫ると心が躍ってくる。

今回は今治で釣りもしようと思う。

8年ぶりにルアーロッドを引っ張り出してきて、PEラインを巻いたスピニングリール、ジグヘッド、ソフトルアーを鞄に放り込んだ。

3泊4日の旅である。

予定は3つだけ。

到着初日のイベント。
翌日の試合。FC今治vsHONDA FC。


そして翌々日は、地元の漁師の方に釣り船に乗せてもらうことになっている。いや、実は漁師ではなかったのだが、お会いした後もしばらくは漁師だと思っていた。

比較的時間に余裕のがある旅なので、釣りをする時間はたっぷりあるはずだ。のんびりルアーロッドを振ってみよう。久々の釣りだからあまり自信はないのだが、魚影の濃そうな土地なのでうまいこと釣れるかもしれない。釣りにおいて一番大事なのは竿を出すことであり、次の大事なのは竿をしまわないことだ。

自分で釣った魚を捌いて、ビールのあてにしたらさぞ楽しい旅行になることだろう。

ともあれ、2019年3月23日。

朝7時のバスに揺られて羽田空港へと向かった。

釣り竿が機内に持ち込めず、また通常の荷物とは異なる特別な扱いなので少し手間取ってしまったが、何とか飛行機に滑り込むことが出来た。

ちなみに釣り竿は、ペットや楽器などと同じ扱いで持ち込むのが少し面倒であった。

往路の所感は「釣り竿が邪魔」という一言に尽きる。
どこへ行くにも竿を持っていないと行けないのはなかなかのストレスであった。

竿に苦しめられながらも、めくるめく期待を胸に、たっぷりと溜まったJALマイルを使って松山空港まで一気に飛ぶつもりだった。

しかし、松山への便がなかった。

松山は観光地として人気があるようで、土曜朝の便はマイルでは取れなかったのだ。そういえば声優さんのライブもあったようだ。関係ないのだが、前回松山に行ったときもケツメイシのライブがあって大混雑していた。

代わりに香川県の高松まで飛ぼうかと思ったのだが、こちらもうどん需要なのか席が取れなかった。

高知まで飛ぶことも考えたのだが、高知から今治は非常に遠く、交通費もかさむ。それならば最初から新幹線で行ったほうがマシだった。現在10万マイルまで溜まっているので、国内なら6〜7往復することが出来る。

ちなみにこちらがマイルの溜め方についてブログにまとめたもの。

【サポーター必読!】マイルを貯めて低予算Jリーグ旅に行く方法を念入りに説明してみた    マイル、貯めていますか? マイルというのは航空会社のポイントのことですが、マイルを使うと国内便を気楽に利用できるよshintaro-hato.com



マイル交換特典のチケットは数が限られるので、もっと早く確保する必要があった。いつも旅の準備がギリギリなのだ。

結局、空きが多かった岡山空港まで飛ぶことにした。
岡山から予讃線特急しおかぜに乗る。

予讃線は、香川県高松から愛媛県今治、松山を経て、南予にある宇和島まで到達する。

予讃線が止まっているというニュースがあったので少し気がかりだったのだが、既に復旧しており遅れはするが普通に到着するとのことだった。

余談だが、Twitterで予讃線と検索すると、声優ファンによる「ああああああ……ライブに辿り着かない……予讃線なんで止まるんだ……」という嘆きの声に包まれていた。

この世の地獄、阿鼻叫喚である。

ちなみに、岡山駅から福山駅まで移動して、そこからバスで向かうルートもあり、こちらのほうがリーズナブルかつ到着が早かったのだが、席が取れないと困るので電車を選択した。

また、後でイベントの際にFC今治サポーターの皆様に聞いたのだが、尾道で自転車を借りるという手もあるらしい。自転車は、旅先で乗り捨てできるようになっている。

公営の「しまなみレンタサイクル」の場合は、レンタル料は1日1000円。保証料としてもう1000円かかるのだが、乗り捨てをしなければ1000円返ってくる。

尾道には高級なロードバイクを借りられる私営のサービスなどもあるようだ。関東地方から今治入りをするルートとしては、松山まで飛行機が一番速いのは間違いない。

一方で、岡山まで新幹線や飛行機で飛び、尾道からレンタサイクルを借りて、島々を観光しながらスタジアムを目指すのもなかなか粋な計らいだ。

もっとも今回に関してはレンタサイクルについて知ったのが到着後であったことと、キャリーケースと釣り竿を持っていたので自転車を使うのは難しかった。

というわけで羽田から岡山空港へ。

機内でパソコン仕事をしようと思ったのだが、結局何も出来ずに眠ってしまう。

朝一で何も食べずにビールを飲むとものすごい眠気に襲われることがわかった。その代わり、岡山空港までの体感時間は10分以下であった。

岡山空港からシャトルバスで岡山駅へと移動する。

スポーツツーリズム、サッカー旅の掟はただ一つ。試合の開始時刻の30分前、できれば1時間前には会場に到着すること。そこだけクリアすればのんびりとした旅なのである。もっとも今回は初日の夜にイベントがある。

岡山空港からバスに乗っていると岡山の市街地が見える。ぼんやりと見ていたらスタジアムが見つかった。シティライトスタジアムと書いてある。

!!!! 

ファジアーノ岡山の本拠地ではないか!!

慌てて写真を撮ろうと思ったのだが、すぐに通り過ぎてしまった。市街地のど真ん中にあるのは少し意外だった。地元にある江戸川球技場という野球場を思い出した。無骨で少し古びたコンクリートのスタジアムであった。岡山もいずれゆっくり訪れたいのだが、なかなか岡山に行く切っ掛けがなく、今回も通過であった。

岡山駅に到着。

しまかぜの時間を見ると、10分ほどで発車するようだ。これなら問題なく乗車することが出来る。ホームに駆け込むと、既に電車が待っていた。しかし、遅延があった影響か、自由席は座れない客で寿司詰めになっていた。

流石に釣り竿を抱えて2時間以上立つのはしんどい。

どこかで席が空くかもしれないが、空かないかもしれない。というわけで一度改札付近まで戻って、隙間スペースに作られた狭小住宅のドトールコーヒーに入り、遅めの朝食をとる。

MacBookを広げて飲み慣れたいつものコーヒーで食道を温め、ほっと一息。

さて、先を急ごう。

予讃線の中では少し眠ったり、パソコン作業をしたり、イベントでのトーク内容を考えたりしながら快適に過ごした。予讃線は、カーブがきつく、それに対応するシステムを採用しているとのことで(詳しいことは何度読んでも理解できない)、トロッコにのっているようなスリルが味わえる。そして、右手には美しい瀬戸内海が広がる。乗っていて楽しい路線である。


そして今治へと到着した。

どんな街なのだろうか。期待してホームを降りてみると、自動改札ではないことに少し面を食らう。自動改札ではない駅に降りたのはいつぶりだろうか。記憶の糸をたぐるがまったく思い出せない。随分と昔にSC相模原を訪れた時の原当麻駅が最後かもしれない。

子供の頃。
小学生の頃は地元の駅も、駅員さんがパチンパチンと切符を切っていた。
それは30年ちかく前の話だ。

今治タオル、今治造船など全国的に有名な産業もある街で、特急が止まる駅なのに関わらず自動改札ではないというのが、最初の違和感だった。そして、30年前のようだという直感は正解なのか、あるいは勘違いなのか。

駅の構内にはセブンイレブンと飲食店があった。鳥取駅と比べても随分とこじんまりとしている。何となく京都府の西京極駅や、静岡県の磐田駅を降りた時を思い出した。感覚的な話なのだが、観光客が使う駅ではなく地元の人しか使わないタイプの駅なのではないかと感じたのだ。

駅ナカにある地図を読む。

ぼくは事前に旅の予定を組まない。

試合に行く以外は、その場の気分で決めるのだ。

そのため、現地に着いてから地図を見ることが殊の外重要なのだ。

しかし……。

あれ? 狭くない?
何にもなくない?

学校や役所などを差し引くとほとんど何もない。これは釣り竿を持ってきて正解だったかもしれない。かなり暇を持て余すことになりそうだ。

今治駅を出る。
駅前のロータリーで、まっさきに目に入ったのがこの建物だった。

廃屋……?

駅前の一等地に廃屋……?

なんで? どうして?

どんな街でも駅前くらいはもう少しまともな建物があるはずだ。もちろん、廃屋は一軒だけだったのだが、今にも崩れそうな骨格が異彩を放っていた。

この時は、変わったこともあるもんだなと思った程度だったのだが、第一印象というのは真実を捉えているものなのかもしれない。


元々はカウンター式の小料理屋だったのだろう。

残されたままのブラウン管のテレビ、冷蔵庫、そしてウィスキーボトルが埃をかぶっている。窓はなく風が吹き抜けていき、奥にある暖簾がパタパタと煽られていた。

この建物が駅前から撤去されずに残っていることも、今治市の表情の一つだと気づくまでにはもう少し時間がかかる。

気を取り直して歩こうと思ったのだが、釣り竿が邪魔すぎて歩く気がしなかったのでタクシーを拾った。少し年上の女性が運転手で、走り出すと様子を見るように話しかけてきた。

サッカーで来たことを告げ、FC今治の市内での認知度はどうなのかと聞いてみると、かなり盛況なようだ。サッカー目的で来る観光客もいて、時々乗せるのだという。

「スタジアムまではどうやって行かれるんですか?」

「そうですねー。まだ考えてませんが歩いてみようと思っています。」

「歩きですか?!不可能ですよ!!」

「不可能?!そうですか。でも、そう言われるとやってみたくなるんですよね。」

「上り坂になっていてかなり大変なので歩く人は誰もいませんよ。もし、タクシーが必要でしたら、呼んで頂けましたらホテルまで行きますけど」

そういうことか!


「大阪商人を騙せるのは、今治商人だけ」という言葉を思い出した。

日本でも随一の商魂たくましい土地なのだそうだ。

有人改札、廃屋、今治商人と立て続けに今治の洗礼を受けた。

最大の収穫は、釣り人にとっては聖地だと知ったことであった。今治に転勤になった場合、釣り好きの人は大喜びするのだという。街にはあまり期待できないかもしれないが、瀬戸内海には大いに期待しても良さそうだ。

ホテルへ。何のこともない薄暗いビジネスホテル。


日本全国のどこにでもある、ごく普通の安いビジネスホテルだ。この地味で薄暗い部屋に入ったところで気持ちが盛り上がるわけもない。

というのは大嘘だ。

こういうビジネスホテルの一室ほど楽しいものはない!!

旅の荷物を片付け充電器をスタンバイ、その間にお風呂のお湯をためる。

お湯が溜まったらどぼんと入って旅の疲れを取る。ほかほかに暖まり、浴衣に身をくるんで、コーヒーを一杯。

そしてベッドに横たわり足を伸ばす。

極楽だー!!!最高だーーー!!!

ビジネスホテルを発明した人は誰なんだろうか。こんなに快適な部屋がこの世に存在していていいのだろうか。余計なものは一切なく、休むかパソコンを打つことしか出来ない。

これでコンビニで買ってきた唐揚げとストロングゼロでもあったら、まさしく極楽浄土だ。明日死んだとしても後悔はないだろう。甘美で幸福な時を二時間ばかり過ごすが、酒は我慢した。というのも夕方からイベントに登壇しなければいけないからだ。

ほろ酔いで登壇することに抵抗はないのだが、酔っ払って寝過ごすのは流石にまずい。ここは我慢だ。

この部屋での一杯は、釣った魚にプレミアムモルツ。それで決まりだ。メバルの刺身で一杯……。場合によってはアジも釣れるかもしれない。楽しみだ……。

随分とのんびりすることができたので、散歩してみることにした。とりあえず、今治港の偵察をしてみよう。夜中にいきなり行くと危険かもしれないからだ。

安息の地、406号室をでて、今治の街へ。

釣具屋があったら覗きたいと思っていたのだが、窓から外を眺めたら……。

看板を見つけた。

というわけで外へ。


ホテルの近くに水路があった。どことなく寂れたイメージ。写真は撮っていないが、コサギが一羽いた。

中心を通るアーケード街なのだが……。

人間が歩いていない。

営業しているお店もあるにはあるが、ほとんどはシャッターが降りている。

寂しい光景だが、暗澹たる気持ちにはならない。不思議な感覚であった。まったく良いところが見いだせない商店街であったが、ネガティブな気持ちも覚えない。清潔感があるからなのか、あるいは、このくらいの静寂さが個人的に好きだからなのか。

生命感はないが死んではいないという印象を受けた。このあたりの感覚は、生態学者としてフィールドワークをしてきたので、ある程度研ぎ澄まされている自信があった。

港の方に歩き出すと、嘘みたいに綺麗な建物が目に入った。船をモチーフにした建物である。非常にお金のかかった建築物のようで、駐車場など周辺環境も整備されている。まるでお台場やみなとみらいのようだ。

これは「はーばりー」という施設で、テラスでクラフトビールが飲めるらしいのだが、この日は結婚式で貸切であった。屋上のデッキで挙式しているのでマイクの音が響いてくる。

静まりかえる商店街から一転、屋上から嬌声がこぼれ落ちてくる。

港をチェックすると街頭もあり、手すりもあった。なので一人でほろ酔いの夜釣りをすることも何とか出来そうだ。ただ、岸壁から海水面までかなり高さがあるので、少し釣りづらそうだ。

ぼくがやろうとしている釣りは、2,3 cmの小魚を模したルアーを放り投げて、それに食いつくメバルやアジを狙ったものだ。従って昼の間にどんな小魚が泳いでいるかを見ておくのが有効なのだ。

海をのぞき込むと透明度が高い。注意深く探すと小魚も目につく。かなりサイズが小さい。このくらいのサイズはメバルの好物だ。夜になる接岸する可能性は十分にあると判断した。

余談だがメバルは昼間にダイビングで出会うと岩礁帯で斜め上を見てぼんやりしている。落ちてくるエサが来るのをただ待っているのだ。夜になると、積極的に餌を探すために岸まで寄ってくることもある。それを釣るのだ。

透明度の高さといい、魚影の濃さといい、海藻の雰囲気といい、どこかの港に似ているなと思ったら、大分県別府の漁港であった。

あそこは特別に魚影の濃い港だと思ってみていたのだが、そこと非常によく似ている。よく考えると大分と愛媛は海を挟んで隣ともいえるし、瀬戸内海なので水系は同じであった。似ているのも当然だ。

ぼくが海洋生物の研究をしていた相模湾や三陸海岸とはまったく異質の海である。

海をのぞき込みながら歩いているが、釣り場としてどこまで戦えるか。

もう少し外の海に接している堤防もあるのだが、手すりなどはないため、夜中に一人で行くのはちょっと怖い。海は生命に溢れているが、それと同じ数だけ死が存在しているのだ。どれだけ街が近くても舐めてはいけない。


こういう感じの桟橋に入り込むととても釣れるのだが(なぜなら水深と潮の流れがあるから)、立ち入り禁止、釣り禁止のことが多い。それでも無視して入り込むと、屈強な海の男たちとヘビーなトラブルになることもあるので絶対にやってはいけない。

そんなことを思っていると突然のにわか雨に襲われた。多少の雨は気にせず歩こう。ぼくはフィールドワーカーなのだから……。などと思った10秒後には土砂降りになり、走って逃げ出す羽目になった。目の前に「はーばりー」の入り口があるので、滑り込む。短い時間だが随分と濡れてしまった。

そして入ってから気づいたのだが、ここは船着き場になっているようだ。そういえば外にも桟橋があった。釣り場を探すのに夢中だったので意識していなかったのだが、フェリーが入港するのだろう。

中には自転車を抱えた人が何人か船を待っていた。船を待つ人の中で、漢字の書き取り練習のようなことをしているおじさんや、競馬の予想をしている人も座っていた。もしかしたら市民の憩いの場なのかもしれない。

そこで見つけた地図を見た時、今治という街の別の姿が見えたような気がする。


今治市は瀬戸内海の島々の玄関口であった——。

この地図を見れば一目瞭然であった。今治駅で見た地図は、画面の下部にあるタツノオトシゴのような部分だけである。今治は、かつては村上水軍の居住地となっていたエリアなのだという。

後で聞いた話なのだが、20年ほど前に来島海峡大橋が開通し、しまなみ街道が整備されたことで、今治はその輝きを失ってしまったのだそうだ。

例のシャッター商店街には、島々の人が日用品を買うために船でやってきて、大変な賑わいを見せていたのだそうだ。しかし今は、車でどこへでも行けてしまうので、わざわざ今治に来る必要がないのだそうだ。

来島海峡大橋が開通したのが1999年。悲願の建築であったそうなのだが、それは今治市にとっては、ノストラダムスが予言した「恐怖の大魔王」になってしまったのかもしれない。

はーばりーの2階に落ち着いたスペースがあったので、そこでしばし落ち着いていると雨があがった。ちょうどいい時間なのでイベント会場となるMACCHIさんへと向かう。店の前でふらふらしていると宇都宮徹壱さんが通りかかったので一緒に入店した

店内は、昔勤めていたブックカフェに似ているところもあるなと思い、よくみてみると壁に掛けてある本はNewspicks books。登壇中も、マスターは真面目な顔でずっと頷いていてくれて、どういう人なのだろうと思い後で調べてみたらクラウドファンディングで作ったお店だということがわかった。

愛媛・今治のシャッター商店街に起爆剤を!プラットフォームを作り上げたい!愛媛県は今治市にあります、今は名ばかりとなってしまった「今治銀座商店街」、いわゆるシャッター商店街の中に、ここを盛り上げるcamp-fire.jp

今治を燃やすという目標はまだ途上のようではあるが、この町に来てからはじめて、何かが生まれようとしているのを見た気がする。

東京の渋谷で見られるような、新しい巻き込み方、新しいお金の流れを、今治で見ることになるとは思わなかった。

さて、イベントは宇都宮徹壱さんが最近のぼくのテーマである「旅とサッカー」に寄せてくれたこともあって非常に楽しいものとなった。そして、非常に失礼な言い方になってしまうのだが、これだけ寂れた街だとは思えないくらい、参加しているサポーターの皆さんが明るく、快活で、楽しそうだった。

港町とか漁村はもっと閉鎖的な雰囲気になるもかもしれないとも思ったが、よく考えたらそういうタイプの人はイベントには顔を出さないだけかもしれない。

参加者の中にボランティアスタッフのタカハシさんという方がいて、聞いてみるとセミプロクラスの釣り人だということもわかり、ぼくのなかで弟子入りが決まった。終始笑いに包まれた非常に楽しいイベントであった。

「明日の試合で期待していることはありますか?」

という質問があったので

「駒野選手がPKを蹴るかどうかが気になっています」

と答えて笑いが取れたので、余は満足じゃ。

宇都宮さん、参加された皆さん、MACCHIさん、どうもありがとうございました。


しかし、本当によく笑う方々であった。少し不思議なくらいであった。なので後で考えてみた。どうしてだろうかと。

そして、その気づきの裏にも、また今治の表情が隠されていることに気づくのはもう少し後であった。

さて、ここまで書いてきて思った。

この今治紀行文は一体いつ終わるのだろうか。

それなりにはしょって書いているのだが、まだ一日目も終わっていない。

この後は二宮かまぼこの美人看板娘に大量の日本酒を勧められて轟沈しそうになのだが、それは忘れよう。

最後に、有料のおまけ記事(こちらの新サイトでは無料公開)として「二宮かまぼこの看板娘に教えてもらった隠された最高の寿司屋さん」について書く。店主は、サッカーが大好きで、店を閉めるのも忘れてサッカーの話をしてくれるような方である。

さて、看板娘に連れられて訪れたのは、鮨杉むらさん。

鮨杉むら (今治/寿司)★★★☆☆3.22 ■予算(夜):¥5,000~¥5,999tabelog.com

食べログを見たところで行こうとは思わなかったと思う。

一見で入るのは少し難しいお店だ。

入るとカウンターで飲んでいる先客が三名いて、一人はFC今治の関係者であった。そしてぼくの隣に座っていた男性は加計学園の方だった。なかなか面白い話を聞かせてもらったのだが書いていいかわからないので割愛。

カウンター前のショーケースを見ると、細長い飴色の白身が見える。

「大将、サヨリ握ってもらえますか?」

春の時期のサヨリは美味しい。ほどほどの弾力の身がサクッと噛み切れ、爽やかな味わいが感じられる。大将に握ってもらったサヨリは、紫蘇か何かの香りもしてとても美味しかった。

というか、本当に美味しかった。この味、大丈夫か……?一瞬不安になった。というのも、明らかに一流店が出す魚なのだ。

大丈夫、高いネタを頼みすぎなければ何とかなるはずだ。築地の場内市場の寿司屋のように事前にネタに味を付けてくれるので、飲みながら食べるには都合が良い。

次に大将にお勧めされたのがサワラの白子。であったと思う。

一次会から、次から次へと日本酒が出てくるので、正直記憶が曖昧なのである。ただ、マダラの白子でそこまで驚くはずがないのでサワラであったはずだ。このあたりはサワラが有名な土地なのだ。

サワラはさかなへんに春と書く。


今食べなくていつ食べるのだ。

あれ……。鰆の肝だったかな……。白子じゃなくて肝だったような気がしてきた。というのも、写真がどう見ても肝なのだ。

えーん、最高に美味しいんだけど、泥酔した二次会で来るお店じゃないよーーー!!

嬉しいのだが悲しいのだかわからない悲鳴を上げながら、食べたのがとにかく美味しかった。もうメモを取っていないので美味しかったという記憶しかないのだが、とにかく美味しかった。

そして、真鯛を注文する。
瀬戸内の天然真鯛である。

真鯛はオーソドックスながら意外に難しい魚で、しめてからどのくらい時間を経過させたのかによってまるで味わいが違う。鮮度が良い弾力性のある身もいいのだが、一週間くらいかけて熟成させたものも美味しい。

歯ごたえをとるか、味の量を取るかの二択なのだ。

そして、杉むらの真鯛を食べると……。

弾力溢れる身なのだが、サクっと噛み切れて、芳醇な味が口の中に広がっていく。

美味しすぎる……。なんだこれ。どうすればこんな味が……。今までこんなに美味しい真鯛は食べたことがない。ちょっと信じられない。どれだけ酔っ払っていても、白子だか肝だかわからなくなっていたとしても、これだけ美味しい真鯛の味は忘れられない。

さて、料理とお酒を堪能したのが、怖いのが会計である。

「大将、あの、まさかこんなにいいお店に来るとは思ってなかったから現金の持ち合わせが少なくて……」

先に言い訳をしておく。5000円札が一枚あっただけなのだ。このレベルの寿司ならば1万円と言われても2万円と言われてもおかしくない。そういえば赤貝も食べた。高級なネタだ。ああ、そうだマグロも注文したはず……。うう……。

と思ったら、会計は綺麗に割り勘をしても5000円を切った。

「こんなに安くていいんですか?」

目を丸くする。

「田舎だからそんなに高くならないですよ」

と、大将が答えてくれた。

杉むらさんは最高に美味しいのでFC今治を観に行く方で、魚を食べたい方にはとてもお勧めだ。

ただ、席数は少ないので、事前に予約しておいたほうが良いと思う。そして、サッカー好きであることを伝えておくと、大将がにやりと笑いながら待っていてくれることだろう。

というわけで、今治紀行第一部はおしまい!

FC今治とは誰の夢なのか vol.2